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…というわけでは断じてないですが、大阪に帰ります。
さて皆様、いかがお過ごしでしょうか。どうもおはようございます。
最近こうしてちゃんとブログを描く回数がめっきり減ってしまいましたが、ええ、無駄に元気に生きております。
まあとにもかくにも何とかバイトが決まり今月の死亡フラグさえ乗り越えれば、なんとか…持ち直せる予定の暁です。
この猛暑の中皆様は体調崩されたりしていませんでしょうか…うちの周りは体調崩した人間がちらほら見受けられるのでなかなか心配ではあります。
かくいう自分もうん、そこそこではありますけれども。
治らんとじりじりしていた咳もやっと収束し、気管支の炎症は完全には治ってはいないものの、特に私生活に不便がでるほどではなくなりました^^
やったね!!
というわけですこぶる元気にやっております。
最近すぐにスタミナ切れするのか寝落ちすることが多くなりましたが…。
そして今日の夜我が故郷大阪へと立ちます!
ああ、早く帰りたい。帰って癒されたい。
*
そんなことはさておき。
今日は広島原爆の日ですね。
と思ったら、小学生の頃、「ヒロシマの有る国で」という歌を歌わされたことを思い出しました。
あのころは何の意味もわからず歌っていましたが、気になって調べてみて今考えていると、何とも切ない(なんて言葉では片付けられないほどの深い)歌だと思います。
そうです、人の命は同じなのですよね。たとえどこで生まれようが、生まれた命はこの世で唯一であり尊いものなのですよね。
日本は平和です。
平和であればこそ、そのありがたみは薄れ、私たちは些細なことで自分に、世間に、周りに絶望する。
幸せの基準が、大切なことの基準が、どんどん欲深くなっている。
それは今の私に痛いくらい言えることで。
私はそこまでではありませんが、挙句命を絶ってしまう人はごまんといるのでしょう。
生きていられることそれ自体がなんと尊きことで大切なことかということを、平和な日本で育った私はきっと、今も命の危険にさらされ続けている人たちからすれば、さぞかし軽んじて考えているのでしょう。
たとえどれほど、こういうことを考えたとしても。
そういう基準を持った人生を歩んできたのだから、かの人たちとはまず根本的なものが違うのだから、仕方ないのかもしれません。
それでも、たぶん、きっと。
考えずに生きるのと、少しでも忘れずに生きるのとでは、見える世界も変わってくるはずです。
私は日常の小さなことで周りに絶望していてはいけないのです。
生きていられるだけで幸せなのです。素敵なのです。
友人と遊べて、会話ができて、故郷にも帰ろうと思えばこうして帰ることができるのは、この上ない幸せなはずなのです。
忘れてはいけないのは、感謝しなければいけないということ。
生きていることに。平和の中で暮らせることに。
そんなことをついもんもんと考えてしまいました・・・^w^
暗い話終わりっ!
さて皆様、いかがお過ごしでしょうか。どうもおはようございます。
最近こうしてちゃんとブログを描く回数がめっきり減ってしまいましたが、ええ、無駄に元気に生きております。
まあとにもかくにも何とかバイトが決まり今月の死亡フラグさえ乗り越えれば、なんとか…持ち直せる予定の暁です。
この猛暑の中皆様は体調崩されたりしていませんでしょうか…うちの周りは体調崩した人間がちらほら見受けられるのでなかなか心配ではあります。
かくいう自分もうん、そこそこではありますけれども。
治らんとじりじりしていた咳もやっと収束し、気管支の炎症は完全には治ってはいないものの、特に私生活に不便がでるほどではなくなりました^^
やったね!!
というわけですこぶる元気にやっております。
最近すぐにスタミナ切れするのか寝落ちすることが多くなりましたが…。
そして今日の夜我が故郷大阪へと立ちます!
ああ、早く帰りたい。帰って癒されたい。
*
そんなことはさておき。
今日は広島原爆の日ですね。
と思ったら、小学生の頃、「ヒロシマの有る国で」という歌を歌わされたことを思い出しました。
あのころは何の意味もわからず歌っていましたが、気になって調べてみて今考えていると、何とも切ない(なんて言葉では片付けられないほどの深い)歌だと思います。
そうです、人の命は同じなのですよね。たとえどこで生まれようが、生まれた命はこの世で唯一であり尊いものなのですよね。
日本は平和です。
平和であればこそ、そのありがたみは薄れ、私たちは些細なことで自分に、世間に、周りに絶望する。
幸せの基準が、大切なことの基準が、どんどん欲深くなっている。
それは今の私に痛いくらい言えることで。
私はそこまでではありませんが、挙句命を絶ってしまう人はごまんといるのでしょう。
生きていられることそれ自体がなんと尊きことで大切なことかということを、平和な日本で育った私はきっと、今も命の危険にさらされ続けている人たちからすれば、さぞかし軽んじて考えているのでしょう。
たとえどれほど、こういうことを考えたとしても。
そういう基準を持った人生を歩んできたのだから、かの人たちとはまず根本的なものが違うのだから、仕方ないのかもしれません。
それでも、たぶん、きっと。
考えずに生きるのと、少しでも忘れずに生きるのとでは、見える世界も変わってくるはずです。
私は日常の小さなことで周りに絶望していてはいけないのです。
生きていられるだけで幸せなのです。素敵なのです。
友人と遊べて、会話ができて、故郷にも帰ろうと思えばこうして帰ることができるのは、この上ない幸せなはずなのです。
忘れてはいけないのは、感謝しなければいけないということ。
生きていることに。平和の中で暮らせることに。
そんなことをついもんもんと考えてしまいました・・・^w^
暗い話終わりっ!
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